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臨床での活用Doctor's Interview

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女性のヘルスケア

小川真里子先生

インタビュー
「女性のライフステージと漢方製剤」

女性特有の疾患の中でも、月経困難症や月経前症候群(Premenstrual Syndrome;PMS)、更年期障害は多くの女性が経験するものであり、婦人科診療でよくみられる疾患である。これらの治療には、西洋医学的なホルモン療法などに加えて、漢方療法が取り入れられている。
小川真里子先生は、ライフステージによってさまざまに現れる女性特有の症状に向き合い、漢方製剤がもつ心身の調和を図る役割を生かした治療を行っている。今回は、小川先生に女性のライフステージごとの漢方処方についてお話をうかがった。

Q 女性のライフステージごとの女性ホルモンによる影響について教えてください。

女性のライフステージは、幼児期、思春期、性成熟期、更年期、老年期と進んでいきますが、それぞれの段階で女性ホルモンの変動が大きな影響を与えています(図1)。女性ホルモンの分泌は思春期に始まり、性成熟期で安定することなく、毎月の月経周期において女性ホルモンが大きく変動します。この時期の主な疾患として、月経困難症やPMS、過多月経、子宮筋腫、子宮腺筋症などがあげられます。20~49歳の女性を対象とした調査によると、女性の約95%が何らかのPMSを経験していました1)
更年期では特に女性ホルモンのゆらぎが大きく、女性ホルモンが急激に減少することで更年期障害を引き起こします。老年期は女性ホルモンがより少なくなり、エストロゲンの分泌減少に伴い骨粗鬆症、脂質異常症をはじめとする生活習慣病、うつ、フレイルなどさまざまな疾患のリスクが高まります。
日本人の寿命を考えると閉経後の期間が30年以上あり、閉経後の人生をいかに健康に過ごしていくかはとても大切なことだと思います。

図1 女性のライフサイクルと女性ホルモン変動

図1 女性のライフサイクルと女性ホルモン変動

(小川真里子先生提供)

Q 女性特有の疾患に対する薬物療法と、漢方製剤を処方するメリットを教えてください。

女性はライフステージによってさまざまな症状がみられますが、月経困難症の薬物療法では鎮痛薬、ホルモン製剤、漢方製剤などが用いられます2)。また、PMSではホルモン製剤や利尿薬、漢方製剤などが用いられます2)
月経困難症やPMSなどでは漢方製剤を希望する患者さんが多く、実際に漢方製剤を用いた症例に有効性が認められています(図23)。また、漢方製剤は、ホルモン製剤に抵抗がある保護者や女性にとって受け入れやすい薬剤であり、治療の導入として使いやすいです。
更年期にみられる症状は非常に多彩で個人差があるため、症状に合わせてホルモン補充療法(Hormone ReplacementTherap;HRT)、漢方製剤、抗うつ薬などが選択されます(図3)。その中でも、漢方製剤はさまざまな生薬が組み合わさっているため、1つの製剤で複数の症状の改善が期待でき、一人ひとりの複雑な症状にあう方剤を選択できることがメリットであると考えています。
女性特有の疾患治療において、HRTやOC・LEPなどのホルモン製剤は年齢によって使いにくい場合があります。一方、漢方製剤はすべての製剤が年齢に関係なく使うことができます。
漢方薬の役割は、気血水を含む体中のさまざまなバランスを整えてくれることにあります。心身を整えながら症状を上手くコントロールしていくことで、安心した日常生活を送れるようになり、社会活動においてもさらなる活躍が可能になると考えます。
漢方製剤は、人生100年時代の女性の生涯健康と幸せな人生をサポートする薬剤であると考えています。

図2 月経前症状のため受診した患者が希望していた治療法

図2 月経前症状のため受診した患者が希望していた治療法

(小川真里子, 他: 産婦人科漢方研究のあゆみ. (32): p76-78, 2015)

図3 更年期障害に対する薬物療法

図3 更年期障害に対する薬物療法

(小川真里子先生作成)

Q 漢方製剤の使い分けのコツを教えてください。

漢方製剤では、月経に関連する症状の原因を瘀血おけつ(血の流れが悪くなり、滞っている状態)と捉えています。駆瘀血くおけつ剤である当帰芍薬散とうきしゃくやくさん加味逍遙散かみしょうようさん桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがんの女性三大漢方製剤は、月経に伴うさまざまな諸症状に効果がある漢方製剤として知られています。たとえば、月経に伴う足腰の冷えやめまいなどのある女性には当帰芍薬散が、精神不安がある女性には加味逍遙散が、のぼせやほてり、頭重がある女性には桂枝茯苓丸が使われます。また、便秘を伴う女性には桃核承気湯とうかくじょうきとうが、月経前のイライラに悩む女性には抑肝散加陳皮半夏よくかんさんかちんぴはんげが使われます。
更年期障害に対して、具体的には、先述の女性三大漢方製剤が主流となります。中でも加味逍遙散は女性特有の疾患に伴う精神神経症状の改善に効果が期待できることから、“更年期といえば加味逍遙散” を頻用しています。また、患者さんから加味逍遙散をリクエストされることもあります。桂枝茯苓丸も駆瘀血作用が頭痛やのぼせへの効果が期待できることから更年期症状によく用いる漢方製剤の1つです。また、更年期は神経が高ぶって眠れない症状が多くみられますが、そういった症状には、柴胡加竜骨牡蛎湯さいこかりゅうこつぼれいとうを用います。
一方で、気持ちの落ち込みなどの精神症状や不眠で悩む人には、加味帰脾湯かみきひとうを用いることが多いです。精神症状で悩んでいても「抗うつ薬は絶対に飲みたくない」という女性は少なくありません。そのような方たちにとって漢方製剤である加味帰脾湯は受け入れやすいようです。
その他にも、喉がイガイガし、詰まった感じがして不安になるといった訴えには、半夏厚朴湯はんげこうぼくとうを処方しています。頻尿には八味地黄丸はちみじおうがんが期待でき、実際に改善を実感した患者さんが長く飲み続けたいと希望されることもあります。
老年期に食が細くなり低栄養が続くと、フレイルのリスクが高まります。フレイルを防ぐ、あるいは改善する漢方製剤として、食欲を補う目的で人参養栄湯にんじんようえいとうを、身体の活力を補う目的で補中益気湯ほちゅうえっきとう十全大補湯じゅうぜんたいほとうなどを用いています。特定の疾患を治療する西洋薬では補うことのできない老年期の複雑な症状に対して、漢方製剤の役割は大きいと考えます。

Q 最後に、漢方製剤を使ったことのない先生方へのメッセージをお願いします。

これから漢方製剤を使い始める先生方には、女性の不調によく用いられる漢方製剤(図4)のうち、まずは使いやすい1製剤から始めていただき、患者さん自身が効果を実感されたら、また1つ種類を増やすといった処方をご検討いただければと思っています。
使える漢方製剤が増えていくことと同時に、患者さん自身も心身の不調が改善されて喜んでくれることが多くあり、婦人科医としての幸せを実感する場面が増えました。症状が改善されない女性患者の次の一手をお考えの先生方には、漢方製剤を選択肢の一つとしてご検討いただければと思います。

図4 女性の不調に対する代表的な漢方製剤

図4 女性の不調に対する代表的な漢方製剤

(小川真里子先生作成)

【文献】
  1. 1) Takeda T, et al. Arch Womens Ment Health: 9(4): 209-212, 2006
  2. 2) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会編集・監修: 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2023
  3. 3) 小川真里子, 他: 産婦人科漢方研究のあゆみ. (32): p76-78, 2015